『地球規模課題対応国際科学技術協力プログラムでの取り組み』  神田 英輝

 科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の共同プログラムである、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(2015~2021年)の代表として、南アフリカ共和国で微細藻類からのバイオ燃料生産に取り組んでいる。現地のダーバン工科大学、農業研究機構、エテクイニ(ダーバン)市とともに、現地の下水処理水を培養液に用いた微細藻類の屋外大量培養と、私が見いだした新溶媒ジメチルエーテル(DME)を用いた微細藻類からの油脂抽出を行っている。JSTとJICAから4.8億円ほどのご支援を頂き、私がDME抽出プロセスのテストプラントを設計・製作して、ダーバン郊外の下水処理場に培養から油脂生産までの一連の装置群を設置して、日本と南アフリカ共和国双方のスタッフや学生と運転している。

 

 オバマ政権時代の米国が国策として推進していたので、報道等を通してご存じの方も多いと思うが、微細藻類は他の植物と比べて光合成速度が桁違いに速く、培養条件を工夫すれば油脂の含有量が高くなるので、この油脂をバイオ燃料に利用すれば良いとの目論見である。他の高等植物の光合成速度は遅いので、十分な量のバイオ燃料を生産するには、現在の耕作地の何倍もの土地を新たに設ける必要があり、環境を著しく破壊することが大きな問題となっている。

 

 しかし微細藻類の燃料化には別の大きな問題がある。それは、油脂を抽出する前段階で乾燥処理が必要であることから、非常にエネルギー消費量が大きい点である。理想的な試算でも、油脂の保有カロリーの5倍程度、私が実装置を見た限りは16倍のエネルギーがバイオ燃料生産に投入されている。つまり微細藻類からバイオ燃料を作るほど、他のエネルギーを消費される状況にある。この問題の解決は難しく、そのため国内外の微細藻類ベンチャー企業はバイオ燃料生産から健康食品事業にシフトしている。この問題に対してDMEを溶媒に用いれば、湿った状態の微細藻類から油脂を抽出可能なので乾燥工程が不要になる。このため、エネルギー消費量が油脂の保有カロリーの20%程度に収まることから、この問題を解決することが可能になる。

 

 このプログラムでは、抽出残渣を木質ボードに混ぜ込んで肥料に用いる農学的な研究要素も含んでいる。こうした社会実装を指向した内容はJICAのプログラムとして非常に重要である。残渣には窒素やリンが豊富に含まれており、農業肥料の合成エネルギーを削減することで、トータルのエネルギー消費量の低減に繋げる試みである。アフリカの大地は肥料を蒔いても土壌に保持されにくく、降雨によって肥料が河川へと流出する問題があり、木質ボードの中に固定して降雨による流出を防ぐことを目論んでいる。プレトリアとエテクイニに農場を確保してトウモロコシの栽培実験を進めており、DMEで油脂を抽出した微細藻類の残渣で栽培が促進されることも確認できつつある。

 

 本プログラムは、JICAのODAにも組み込まれており、このため現地の科学技術庁、現地の税務当局、現地JICA事務所、ダーバン市当局との調整会議や、駐日南アフリカ大使館や現地の日本大使館に説明に赴くこともある。

 現地の人達は穏やかで明るい性格であり、一見すると非常に平和である。しかし貧富の格差が非常に激しく、年間数十万円で生活する貧困層と、日本人以上の収入がある富裕層が社会的に分断されている。現地のJICAスタッフによると20代の黒人層の失業率は50%に達するらしい。貧困街やビジネス街では治安が悪化しているものの、富裕層は車での移動を徹底することでリスクを回避している。治安の悪化の根源は、個人の努力では貧困からの脱却が難しい絶望感に由来するように感じた。また、現地では中国の進出が凄まじく、至る所に中国人が見受けられチャイナタウンもある。一方で、中国企業による現地雇用が少ないことや、中国による政府援助への不信感から、中国の進出を快くなく思う人もおり、「日本は歓迎するのに何故少ないのか」と話されることがある(お世辞かもしれないが)。ニイハオと声をかけられたり、高速道路を移動中に貧困街が見えたりするたびに、色々と考えさせられる。

 

 今世紀末には、アフリカの人口はアジアの人口を抜く見込みであり、アフリカで最も経済発展した南アフリカ共和国の重要性は増すものと考えられる。このプログラムを通して構築した南アフリカ研究者との良好なパートナーシップを今後も活かしていきたいと考えている。

 

DME抽出テストプラントと装置を運転している皆さんと筆者

DME抽出テストプラントで得られる油脂と残渣

抽出残渣を肥料に用いたトウモロコシ栽培試験(左:肥料あり、右:肥料なし)

現地の若手研究者へのトレーニング状況