『プロセス基礎セミナー』プロセス基礎セミナー運営委員長  小林 敬幸

 算数の問題のように正解のない課題に取り組む"創成科目"である「プロセス基礎セミナー」は、分子化学工学コースに配属された2年生が初めて学ぶ専門科目として、平成12年度より導入されました。その頃、日本の工学教育の在り方が大きく見直され、「新世紀に向けた新しいタイプの指導的役割を果たす工学者を育成する」ことを目的として、工学教育課程に創成科目などの新たな科目の導入が求められたのを受けて、我が分子化学工学教室で全国でも先導的に導入したのがこの科目です。
 創成科目には、知識を一方的に教授する従来型の講義ではなく、学生が実際にものを作るという過程を経験することで動機づけられ、自分から進んで物事に取り組み、作り出す能力、チームで協力していく能力など将来にわたって有用な根本的な態度を育成することが必要とされていました。そこで、分子化学工学教室内で平成11年10月にワーキンググループを設置し、過去に運用経験のない"創成科目"のコンテンツをどのように作るのか議論を重ねたのちに、平成12年度より「化学プロセスセミナー」を"創成科目"に改編し開講されました。そして平成14年度より、現在の一つのテーマを対象とするグループ実験コンペ形式を始めました。
 実験コンペを実施するにあたっては、健友会の会員(つまり卒業生)を非常勤の教員として招聘し運営に加わって頂くこととし、さらには実験コンペの運営を費用面でも健友会に援助して頂くことにしました。実験コンペの優秀グループには健友会から図書券を商品として贈り、また、招聘教員からは優れた着想や特徴のある提案をしたグループに企業賞を贈って頂くことを通じて、健友会とのつながりを深める機会も作りました。
 さて、平成29年度は、組織改編に伴いカリキュラムが大幅に変更され、このプロセス基礎セミナーを開講する最後の年となりました。今年度の課題は、過去に何度か実施した「化学反応で動く車をつくろう (Chem-E-Car Competition)」としました。この課題は、化学反応だけを使って駆動する車を設計して製作し、化学反応を制御する方法やアイデアを競うもので、AIChE (American Institute of Chemical Engineers)やAPCChE (Asian-Pacific Confederation of Chemical Engineering)の会議の中で学生グループが参加する競技としても知られています。
 本年度の競技ルールの概要は以下の通りとしました。①0~500 mlの範囲内の水を搭載させた車を、決められたコース内の所定の位置(走行距離:10~15 m)に停止させる。搭載水量および走行距離は当日に発表する。評価は、停止位置の目標値からの精度で行い、順位を決定する。 ②市販の熱機関、電池、コンデンサー等の使用は認めない。③車は自ら動いて停止するものであり、遠隔操作により停止させることは認めない。ブレーキとして、車輪、車体、車軸およびコース壁面への機械的な力を加えるものの使用は認めない。瞬間反応と見なされる化学反応を使う器具(例えば花火など)の使用を認めない。④製作の段階で安全性や環境性に問題がある場合には、指導教員から製作に関する制約を受けることがある。
 競技当日に搭載するレギュレーション(水量および走行距離)を発表するため、学生は化学反応で動く車を作ることに加えて、製作した車に仕込む反応物質の濃度や水量と走行距離の関係を実験を重ねてデータを蓄積し、当日発表されるレギュレーションに備えます。このように実験的な試行を繰返して装置設計のイロハを学ぶスタートを切ることになります。当日発表した積載水量と走行距離は 300 mlと11 mであり、2回のヒート(試技)のうち停止位置に近い結果をそのグループの評価としました。
 12グループの学生が製作した車の駆動源はすべて電池で、空気マグネシウム電池、ダニエル電池、ボルダ電池、空気アルミニウム電池を採用し、特に空気マグネシウム電池は半数の6グループが用いていました。白熱したデッドヒートの結果、空気マグネシウム電池グループが上位5位を独占する結果となり、優勝グループは走行距離10.7mと見事な結果を収めました。ちなみに、5年前に行われたコンペでは、鉛蓄電池が上位を独占しましたが、今回は環境問題を考慮し、鉛蓄電池を用いないようにルールを決めました。これも大切な教育の一つです。
 末筆となりましたが、卒業生の伊藤貢悦様(2001年博士卒)、鈴村泰史様(2006年修士卒)、古田亮一様(2010年修士卒)には、ご多忙のところ招聘教員として本セミナーにご足労いただき、学生へのご指導と有益なご講評をいただきました。また、本セミナーは助教を中心とした運営委員会により企画、準備、実施、評価がなされ、本セミナーの充実のために毎年多大な時間と労力をかけてきました。16年に亘り、健友会、招聘教員の方々ならびに教室の先生方に大変お世話になりました。厚くお礼申し上げます。